抽象度の高い言葉がたくさん並んでいるが、年齢もこの年(33歳になろうとしている)になると
目の前のことだけではなく、生きてきた経歴と、この先についてぼんやりと、今までよりも輪郭が見えてきているような気がしている。
とはいっても明確なものはやはりない。
こういうことを考えていた、ということをただ書いておきたいので、残しておく。
暮らし
長いフリーランス生活を経て、割と自由度が高く生きているとそれはそれで、どうしたものか、となるものである。
旅のように目の前のことに集中をできているとよいけど、
それがなく、東京にいながらも適度に節約しなきゃ、とか目の前にあるタスクをただこなしているだけでは、虚無感を感じることもある。
言葉ほどは虚無っているわけではないが、この先どうしたものか、というものである。
とはいっても友達と旅行にいく予定をもっていたりするとやっぱりそれはそれで楽しいものであるが、
おそらく40歳、50歳、父親になっていく中で
「これを達成した」とか「これに向き合った」というものが
もっと欲しくなっているのかな、ということも思う。
鍋
鍋はいいぞ。